おいらく取材ノート「66歳で認知症 母を見送って 7-2」
母が66歳で認知症と診断
認知症と診断された母を支えようとする家族
けれど、思いはひとつでも、方法はそれぞれ
遠方から支える娘、時間を束縛されたくない父
介護の現実と、家族の葛藤を描きます
投稿して頂いた内容は、ご本人の許可を得て複数回に分けてご紹介します
【第2回】
「介護の現実と家族の葛藤 ― 支えることの難しさ」
母が認知症と診断されてから、しばらくは父が母のほとんどの世話をしていました
母の変化を受け入れながらも、夫婦として支え合おうとする姿に、私は心の中で感謝していました
しかしその裏では、父自身も大きな負担を抱えていたのだと思います
やがて、母の生活リズムが乱れ、食事や入浴の介助が必要になっていきました
デイサービスを勧めても、父は「時間を縛られたくない」「自分で見ていられる」と拒否しました
父なりのプライドと、妻を他人に預けることへの抵抗があったのでしょう
私は、遠方にいながらも何とか力になりたくて、月に一度は泊まりがけで実家に帰るようになりました
小学生と幼稚園の子どもを連れ、軽自動車で片道3時間の道のり
母の髪を洗い、掃除をし、父の食事を整える
「お母さん、気持ちいい?」と声をかけると、母はうれしそうに笑いました
その笑顔を見られることが、私の支えでもありました
けれども、現実はそう甘くありません
毎月の帰省は体力的にも金銭的にも負担で、子どもたちの学校行事と重なることもありました
「いつまで続くのだろう」と思いながらも、父の負担を減らすために必死でした
一方で、母の状態は少しずつ進行していきました
やがて私たちは家族で話し合い、デイサービスを利用することを決めました
見学には、父、私たち夫婦、弟夫婦も同行しました
母は見た目が若く、利用者の多くが高齢だったため「かわいそう」と感じることもありました
それでも「お風呂に入れてもらえるから助かるわ」と笑う母の姿に、少し安心しました
父も次第に受け入れ、週に2回ほど通うようになりました
こうしてようやく、私の“お風呂のための里帰り”は終わりを迎えました
母がデイサービスに慣れ始めた矢先のこと
母が自宅で転倒し、圧迫骨折を起こしてしまいました
そのまま入院、そして脳梗塞を発症
そこから、病状は一気に進み、母はリハビリへの意欲を失っていきました
退院後は車椅子生活になり、再び施設を転々とする日々が始まりました
私は、自分が「もう少し早く施設利用を提案できていたら」と何度も自問しました
しかし、どんなに努力しても“正解”は見つかりません
母にとっても、家族にとっても、介護は試行錯誤の連続です
父は「母さんがかわいそう」と涙ぐみながらも、どこかホッとしたような表情を見せました
その姿を見て、私もようやく少し肩の力が抜けたのを覚えています
母が認知症を患ってからの10年以上、家族はそれぞれの立場で精いっぱい生きてきました
父は不器用な愛情で支え、私は遠くから母を思い続け、弟や妹もできる限り協力してくれました
それでも、「もっとこうしてあげればよかった」と思う瞬間は何度もあります
介護は、家族の絆を試すような出来事です
愛しているからこそ、意見がぶつかる
理解しているつもりでも、心が追いつかない
けれど、その不器用な関わりこそが“家族の証”なのかもしれません
おいらく取材ノート「認知症の母を見送って」7-3へ続く
介護は、ひとりで背負うものではありません
家族の誰かが疲れきってしまう前に、外の手を借りることを恐れないでください
「デイサービスに預ける=見放す」ではなく、「家族みんなが笑顔でいられる時間を守るための選択」です
完璧に支えられなくてもいい
“寄り添おうとしたその気持ち”こそが、いちばんの支えになると、今は心から思います
★おいらく取材ノートについて
老後を前向きに生きるためのヒントは、皆さんのこれまで生きてきたそれぞれの人生経験の中にあると思っています 人生経験豊富な年代の方から若い世代まで、それぞれの考え方や経験を聞くことはとても貴重であり、これからどう生きるべきかを学ぶ参考書になり得ると思っています
「体験者にきく」は、年齢問わずご自身の経験や将来の「おいらく(老いを楽しむ)」について語って頂いた内容をご紹介「専門家にきく」では、様々な現場で活躍されているプロの方にfandeenaが取材した内容をご紹介しています
同じ悩みを抱えている方、世代によって様々な考えや意見もあるでしょう 読者の皆様にとってこれからの人生についての参考になれば幸いです 読者の皆様、そして専門家の皆様、取材に快く協力して頂き感謝します この場をかりて厚くお礼を申し上げます
尚、取材した内容の最終確認 及び「氏名」「社名」「写真」などの公表に関してまして、全てご本人の了解を得た上で掲載しています

