「ボケ始めた母の取説(中期〜末期)」
アルツハイマー型認知症と診断されてから5年が経過
母の記憶は少しずつ抜け落ちていったけれど、その中にも「穏やかさ」と「優しさ」は変わらず残っていた
忘れていくことが、母にとっての幸せだったのかもしれない──
そんな母と過ごした中期の日々を振り返ります
アルツハイマー型認知症は、急激な変化さえなければ、ゆっくりと進行していくと聞いていた
母も例外ではなく、少しずつ過去を忘れ、痛みや悲しみの記憶も一緒に消えていった
その姿を見ていると、忘れることが“心の防衛”なのかもしれないと思った
幸い、徘徊も昼夜逆転もなかった
母は「一番つらかった過去の出来事」をすっかり忘れ、まるで都合よく時間を巻き戻したかのように穏やかに過ごしていた
「思い出したくないことは、都合よく忘れてくれる」──認知症とは、そういう病気なのかもしれない
デイケアを週3回利用するようになり、家族の負担も少し和らいだ
リハビリと入浴、そして昼食付き。母にとっても、家族にとってもありがたい時間だった
けれど、スタッフからの連絡で思わぬ事実を知る
「最近、お母様は食事をよく残されます」
「爪切りを嫌がって、こちらでは切ることができません」
食事が合わないのかと尋ねても、母は答えない
調べてみると、歯が弱くなり、噛めないまま丸呑みしていたために消化不良を起こしていた
早く気づいてあげられなかったことを、今でも悔やんでいる
爪切りを嫌がる理由も、意外なところにあった
ケアマネージャーに調べてもらうと、以前スタッフに爪を切られた際、血が出て痛い思いをしたことが原因だったのだ
母はその記憶をしっかり覚えていて、怖かったのだろう
「お母さん、わがまま言わないでね」と言ってしまった自分を思い出すと、胸が痛む
この頃の母は、家ではテレビをぼんやり眺めている時間が増えた
「食べる」「寝る」「テレビを見る」──その3つで一日が過ぎていく
見ているようで、見ていない。まるで映像だけが流れているようだった
進行を遅らせる特効薬
私は考えた
母に“仕事”を与えようと
「洗濯物をたたむ」「お茶碗を洗う」「豆の筋を取る」・・・何でもいい
「助かったわ、ありがとう」と声をかけると、母は嬉しそうに微笑んだ
人の役に立てることが、母の生きる力を支えていた
その姿を見て、これが“生きる希望の特効薬”なのだと実感した
認知症と診断されて7年が経過
母の穏やかな性格は変わらないままだったが、精神年齢はゆるやかに幼くなっていった
水を止め忘れる、火を消し忘れる、カーテンを閉めっぱなしにする・・・
生活の中に小さな危険が増えていった
「あなたが帰ってきた時だけが、近所以外に出られる楽しみなの」
母がそう言っていたことを、今は深く理解できる
当時の私は、施設の豪華さばかりを気にしていた
けれど、どんなに高級で快適な施設でも、本人が孤独なら“幸せ”とは言えない
知人の母親が高級老人ホームに入居したが、息子はほとんど会いに行かなかった
最初は杖もなく歩いていた母親が、入居後わずか一年で歩けなくなり、認知症が進んだという
どんなに整った環境でも、家族との関わりがなければ、人の心は弱ってしまう
その話を聞いたとき、胸が締めつけられた
母は最期まで、私の名前を忘れなかった
病室で隠れて爪を切り、髪を整えてあげたあの日のことを、今も覚えている
言葉を失っても、目の奥の光で「わかっている」と伝えてくれた母
そのまなざしが、私の心に深く刻まれている
認知症は、誰にでも起こり得る“明日の自分”の姿かもしれません
「まだ大丈夫」と思っているうちに、少しずつ静かに進行していく
だからこそ、今のうちに“残しておきたい思い”を形にしておくことが大切だと思います
私は母を見送りながら、こう願うようになりました
忘れてもいいことはたくさんある
でも、大切な人の名前だけは、どうか最後まで忘れませんように!

