「ボケ始めた母の取説(初期)」
入院する前に「美容院に行きたい」と言い出した時、何だかホッとした
いつの間にか化粧をしなくなり、化粧ポーチは放置状態になっていたからだ
手術は無事成功
母の入院生活は2ヶ月を過ぎようとしていた
術後の経過は良いと聞いていたが、毎日病室に行っていた私は、だんだん母の異変に気づき始めていた
アルツハイマー型認知症と診断
(医者)術後の経過は良好ですが、認知症の症状が見られます」
「まだ初期ですが、認知機能が加速しないように投薬を開始された方が良いと思われます」
「お母様は一人暮らしですか?」
「娘さんは近くにお住まいですか?」
「遠方にお住まいとなると、今後はご家族としても心配なことが多くなると予想されます」
「ご家族と同居がご無理なようなら将来施設への入所も視野に入れられた方が良いと思われます」
医者から説明を受けた私の頭の中は真っ白になっていた
一人暮らしに限界がきていることを確信した
当時の私は認知症に対する知識が薄く、映画の様に発症したら何もかも忘れて頭がおかしくなると思い込んでした
早速私は認知症に関する情報を本やネットで探しまくり、家族としての対策案を模索した
何か家族としてできることはないのか?
ボケ始めた母を娘として何とかしなきゃ・・
母の発症を機に名古屋と長崎の2拠点生活の幕が開けた
退院が決まった母を見ていると、施設を探すなんてとてもそんな気にはなれなかった
15年前に父が亡くなって以来、母はずっと一人暮らしだった
正月、お盆、GWに娘が里帰りすることだけが、一番の楽しみだったと言っていた
最近の母の行動範囲は狭くなる一方で、タクシーで病院と買い物へ行くだけの日課になっていた
発症して初めて、過去の母の行動を思い返すと「あの時もしかして?」と出てくる出てくる
⭐️洋服の上下が合っていない
上は洋服で下はパジャマのズボンをはいていたこともあった(謎だった)
⭐️同じものを買っている
台所を片付けて分かったことだが、同じ商品があらゆるところから出てきて賞味期限切れも沢山あった
⭐️小銭が増えている(お札でばかり買い物をする)
母とスーパーに行くと、必ず1万円札で払おうとしていた
「小銭沢山あるでしょ」「ここから払おうよ」と言うと、貴方が払ってちょうだいと言っていた
⭐️サランラップを焦がした後があった
(台所を片付けていて発見・・・まだ新しく使えると思って捨てなかったのか)
焦げたラップの箱を見て、火事になっていたらと思うとこれはまずいと思った
⭐️匂いに鈍感
(近所からもらった玉ねぎが腐っていても匂いに気づいていない)
久しぶりに里帰りした私が台所に入った瞬間、何か腐った匂いにすぐに気づいた
匂いの根源を調べてみると、玉ねぎがビニール袋に入ったまま溶けて腐敗していたのだ
「お母さん玉ねぎが腐っているよ・・・」
「あらそう?忘れてたわ・・・」
たまたま忘れていた感を出す母だったが、私には異様な光景だった
⭐️時々ふらついて転びやすくなった
夜中に起きてトイレでふらつき、内出血で紫色になっていたり擦り傷が多くなった
⭐️テレビを見ているようで見ていない
ただぼーっと見ているだけに見えた
⭐️カーテンを開けない
朝起きてカーテンを開けなくなった
いつも薄暗い中でテレビを付けて見ていたように思える
⭐️詐欺電話が良くかかってくる(高齢者一人暮らしリストに載っているのか?)
近所の老人ホームに入所したいが、他県在住のため名義を貸してほしいという電話
母が入院中に、たまたま私が電話をとったことで発覚した
母は名義貸しを承諾していたのだ
みずほ銀行の役員を名乗る男性からの電話を、私が取ったことですぐに警察に通報することができた
まだお金を振り込んでいなかったため、犯罪に巻き込まれずに済んだ
母曰く(困っている人に貸した)と言っていたが(もー勘弁してほしいと思った)
たまにしか里帰りしなかった私は、ただ気づかなかっただけだったのだ
認知症の発症は、一つの原因では発症しない
少しづつ徐々にボケ星から来た宇宙人が近づいてきて、母の脳を侵略していく
いつも宇宙人はそばにいない
たまーに近づいては脳を支配する厄介な病気なのだ
(医者)
昔の話は鮮明に覚えていますが、最近のことを覚えることが困難です
若い時に脳に記憶がしっかりと刻まれている経験や情景は、年を取っても何回でも同じ話ができます
しかし、最近のことは新しく脳にインプットできないため、記憶が刻まれないのです
確かに、昔の話は良く話すことが多い
しかし良く聞いていると、いつも同じ話で内容も同じだった
(次に何を言うかまで分かってしまうほどストーリーが出来上がっている)
退院してからの母は、人形のようで笑わなくなっていた
どうしたら母の笑顔を取り戻せるのか?
可能な限りリハビリに効果的なことを考えては実行し続けた
退院して半年が過ぎた頃、私の問いかけに「ニコッ」と笑った母
一瞬であっても母が笑顔を取り戻した日だった
思わず母を抱きしめた日を私は今でも忘れない

