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「父と過ごした最後の3年」おいらく取材ノート 体験者にきく4-3

「父と過ごした最後の3年」おいらく取材ノート 体験者にきく4-2の続きです

50歳 女性 田川エリさん
今回のテーマは「余命宣告」「緩和ケア」「終末医療」「最期」「葬儀」についてです

お父様が余命宣告3年と言われて、84歳で亡くなるまでの間 家族で過ごした日々や思い出の中から「余命宣告」「緩和ケア」「終末医療」「最期」「葬儀」について「田川エリ様」にお話を伺うことができました
お話は多岐にわたるため、複数回に分けて掲載します


fandeena

お父様は退院されて自宅に帰られたのですか?

亡くなる前の1ヶ月前、最後に病院に治療入院したのは5月の連休だったと思います 5月の連休明けに、医師から

  • 「これ以上治療をしても本人に負担ばかりがかかってしまい効果が望めない」
  • 「残りは静かに自宅で過ごされた方が良いと思われます」と告げられました

つまりもう今後は病院での治療は行わない
その代わりに自宅での緩和ケアに切り替えることが望ましいと言われたのです


自宅療養に切り替えて自宅に帰った直後は、まだ食事はできていたので、医師から「自宅に戻られたらまずご本人が食べたいものを何でも食べさせてあげて下さい」と聞いていました

※白血球の減少により病原体に対する抵抗力が弱いため感染症を発症しやすい為、生もの(寿司)(刺身)(果物)(生野菜)など治療中に食べることは厳禁でした

お父さん何を食べたい?・・・「寿司が食べたい」早速、家族みんなで父を囲んで寿司を食べたことが、父と食事をした最後の思い出になりました

治療や入院して以来、3年ぶりに寿司を食べた父・・とても嬉しそうでした

fandeena

訪問看護もお願いされたそうですね

自宅で過ごしていた亡くなる1ヶ月の間、訪問看護で1日に2回 朝と夕方(9時と3時)にきてもらい1回30分の抗生剤点滴をお願いしていました
その間に看護師が父に対して様々なお世話をして下さいました

  • 体を拭く
  • 着替え
  • おむつ交換
  • 爪切り
  • ひげを剃る
  • 歯磨き
  • 髪をとかすなどなど・・・

1日に2回 30分の点滴を打つための短い時間でしたが、限られた時間の中で大変お世話になりました

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訪問医療の医師は定期的にこられていたのですか?

訪問医療では、医者と看護師が3日に1回訪問して下さいました 亡くなるまでの1ヶ月の間、輸血をしなくなったことで体力がみるみる落ちていきました

お粥を食べたり、何とか自力で立ってゆっくりトイレに行ったり、できるだけ自力で頑張っていた父でしたが、だんだん誰か支えてあげないと歩行困難になっていきました

後半1・2週間になると、飲食ができなくなり、トイレも行けなくなりました
幸いなことに最期まで認知症を発症しないまま、家族と会話ができていたことが救いでした

fandeena

お父様は亡くなるまでに会いたい人に会えたのですか?

亡くなる2週間前に、訪問医療の医師から「会わせたい人がいたら連絡をされて下さい」と聞いていました

遠方に住む親戚も含めて早急に連絡を取りました それから入れ替わり親戚が父の元に訪れるようになり、母の兄妹だったり、いとこだったり・・・会いたい人や親戚にも父は会うことができたと思います

fandeena

お父様の最期の瞬間に立ち会うことができましたか?

私は夕方5時ごろまで実家に居て自宅に戻りました 父の弟夫婦が夜7時までいたそうです

亡くなる時間のギリギリまで父は、ベッドに居ながら、会っておきたい人に会っていたことになります それぞれ来てもらった人に、ちゃんと別れを告げて亡くなったと言えるでしょう これは父にとって理想的な生前整理だったのではないかと思っています

親戚が帰った後、母と妹は実家の台所で夕飯の用意をしていました 手がだらんとしている父の異変に気づいた妹から、連絡があった私は急いで実家に帰りました

家族が自宅に居ながら、隣の部屋で寝ている父の最期の瞬間を、家族の誰も見ることはできませんでした

「父の叫ぶ声」「わめく声」・・・母も妹も何も聞こえなかったそうです
父はきっと静かに一人息を引き取ったのだと思いました

この時私は、父を緩和病棟に入れず自宅で最期を迎えられたことを本当に良かったと思いました
「輸血しない」「抗がん剤治療もしない」「延命治療はしない」結局父は自宅で自然と最期を迎えたのです

父の異変に気付いてすぐに訪問看護に連絡するとすぐに来て下さいました 看護師は父を診て「亡くなったと思われます」と訪問医療の医師に連絡

近所の親戚が15人以上実家に駆けつけました それからしばらくして訪問医療の医師が9時ごろ到着
医師から「お父様の最期の状況を確認させて下さい」と家族に聞かれて、父親の異変に気付いたのは夜の8時くらいでしたと答えました

「8時何分にお父様はお亡くなりになりました」「ご臨終です」と告げられました

病院で亡くなった場合は、医師が死亡を確認します もし自宅で亡くなった場合、訪問医療が入っていなければ、警察に連絡をしなければなりません

死因がはっきりするまでは死亡診断書は出してもらえません 父の場合、訪問医療が入っていたので警察に連絡することもなく、死亡診断書を出して頂きました

この時も、訪問医療に頼んでおいて良かったと思いました そして最後に医師から告げられた言葉・・・

  • 「最期は自宅で過ごすと決めて家族が毎日見守っていたとしても24時間見守ることは難しいです」
  • 「誰もいないところで亡くなったとしても誰も責められないし仕方がないのです」
  • 「それは本人が病院にいても同じことが言えます」
  • 「家族が最期の瞬間に立ち会えなかったことに、縛られることなく過ごして下さい」

あの時医師からかけてもらった言葉に、今となっては家族全員救われています

何故なら自宅療養を選んでいながら「家族が最期に誰も立ち会えなかったことを、きっと何年も後悔の念で引きずってしまうのでは・・」と思ったからです


「父と過ごした最後の3年」おいらく取材ノート 体験者にきく4-4へ続く


fandeena
★おいらく取材ノート「体験者にきく」について

老後を前向きに生きるためのヒントは、皆さんの生きてきたそれぞれの人生経験の中にあると思っています 人生経験豊富な年代の方ばかりではなく、若い世代の方でも同様です それは若い方なりの人生設計やプランが存在するからです

この取材ノートは、年齢問わず将来の自身の「おいらく(老いを楽しむ)」について語って頂いた内容、過去の体験を元にこのコーナでご紹介しています この取材ノートを通して家族や自身の何らかのアドバイスになれば幸いです 読者の皆様、取材に協力して頂き有り難うございました

尚、取材した内容は、本人の了解を得た上で掲載しています