60歳 女性 ゆきんこさん
「おいらく取材ノート 体験者にきく2-3嫌いだった母」からの続きです
お母様に対する後悔とは?
空白の13年間に、私との思い出がなかったことが一番の後悔です 私には母との旅行らしい思い出がありません 私の30代から40代は親を避けていましたから、親との思い出を作ることができなかったのです
母と再会を果たして間もなく父が亡くなりました 一人になった母を私が世話をするため、私は50近くで車の免許を取り車を買いました 「どこか一緒に行けるね」と母が喜んでいたのを覚えています きっと娘と洋服を共有したり買い物をしたりご飯食べたり・・・何気ない親子の会話をしながら、お出かけしたかったはず
父が亡くなった時、「旅費は全部私が出すからハワイに一緒に行きたい」と母から誘われたことがありました 私はとっさに「飼っていた犬を預けられない」と無下に断ってしまった 今考えると母は私との思い出を作りたかったのですね
母からの誘いを断ってしまったことを今でも大きく後悔しています
お母様にとっての思い出の存在について
お墓参りを理由にですが、母と京都に一泊で泊まったことがありました 施設に入ってから何回も母は、その時のことを嬉しそうにスタッフの方に話しをていたそうです 私はそのことを聞いて涙が止まりませんでした
痴呆症になってからは、昔のことや同じ話ばかり話していた母 新しい出来事など覚えられないはずなのに・・・お墓参りが目的でも、京都で娘と一緒に過ごした時間 きっと強烈な思い出となって母の脳裏に焼き付いていたのだと思います
母がずっと覚えていてくれていたことがとても嬉しかったですし、私にとっても大切な思い出となりました
もし叶うなら何歳のお母様に会いたいですか?
認知症初期だった頃の70歳後半の母に会いたいですね 父が亡くなってからの母との時間は、私にとって濃密な時間でしたから
母と再会を果たしてから、ともに過ごした時間が、私にとって唯一の親子の時間であり、貴重な思い出となって残っています 母と再会してからの私は、母に会うことがとても楽しかった 時間を取り戻すかのように、母と沢山話をしたことを覚えています
時々周りの人たちが母親と出かけた話を聞くと、正直羨ましくてたまらないです 今は仏壇に毎日話しかけている自分がいます もし母に会えるなら、正月に母が作ってくれた「箱寿司」が食べたいですね
お母様の介護経験から何を学びましたか?
施設選びは慎重に探して欲しいと思います 自分が入居するとしたら・・・と考えて是非こだわって探してもらいたいです 自分を育ててくれた両親に対して、恩や感謝の気持ちがあれば尚更妥協してもらいたくないです 例え痴呆が進行していたとしても「何も感じない、感じていない」ではないからです
生活しやすい環境を与えてあげなければ、本人はそこで何の目的も持たないまま死を待つだけになってしまいます 施設での生活は、終の棲家になるかもしれない 例え痴呆症でも「何も覚えていないから何もしてあげない」「どこにも連れて行かない」とはならないです
何となく「自分は愛されている」と肌で感じるのだと思います そんな思いがほのぼのと記憶に残っているからこそ、施設の中でも穏やかでいられるのではないでしょうか 言葉が出ない、痴呆で何も感じてないように見えても、本人は「この人は優しい」とか「手を握られて嬉しい」とか「この人には近づかない方が良い」とか「この人は怖い人」とか何かしら感じながら学習しているのです
行動に関する記憶は残らないけど、感情に対する記憶は残ると思いました
「おいらく取材ノート 体験者にきく2-5嫌いだった母(最終話)」へ続く
老後を前向きに生きるためのヒントは、皆さんの生きてきたそれぞれの人生経験の中にあると思っています 人生経験豊富な年代の方ばかりではなく、若い世代の方でも同様です それは若い方なりの人生設計やプランが存在するからです
この取材ノートは、年齢問わず将来の自身の「おいらく(老いを楽しむ)」について語って頂いた内容をこのコーナでご紹介していきます 世代によって様々な考えや意見、そしてそれぞれの人生設計について聞くことができたら幸いです 読者の皆様、取材に協力して頂き有り難うございました
尚、取材した内容は、本人の了解を得た上で掲載しています

