60歳 女性 ゆきんこさん
「おいらく取材ノート 体験者にきく2-2嫌いだった母」からの続きです
(延命治療についてお聞かせ下さい)
「命の選択」
施設で暮らしていた母でしたが「急性骨髄白血病」を患い、同時に「脳梗塞」も発症していたことが検査で分かりました グループホームから病院へ4月19日に入院 入院して亡くなるまでの3週間、私は仕事を休んで毎日病院へ通っていました
入院して2日目に検査結果が出て、「ゴールデンウイークまでもつかどうか・・・」「残念ながら治療法がもうありません」と医者から告げられました 輸血をしても体の中で綺麗な血が作られないため、治療しても意味がないとのことでした その時、私は涙が溢れて止まらなかったです
せめて最後は自宅で過ごさせようと退院を希望 しかし脳梗塞の症状が急変し、自宅に帰ることは叶いませんでした
「この先の事ですが、治療を続けても寛解はないと考えられます」「今後の治療をどうしていくか考えて決断してもらえますか?」私は医者から命の選択を迫られました
「輸血をして綺麗な血を体の中に入れて、母の体力が持つまで母に頑張ってもらうか」「輸血を止めるか」
「止めるとどうなるんですか?」私は医者に尋ね続けました
「輸血を止めると、数時間後には亡くなると思われます」と告げられました
「それを私が決めるのですか?」
「お母様は認知症ですからご自身で判断ができません」
「延命をされるかどうか?娘さんがお答えください」
「母は今、痛みはあるのでしょうか?」「辛いのでしょうか?」
「今はないと思われます」
私は真剣に考えました どうしよう・・・どうすれば良い?お母さん
「延命はしません」と言うつもりでいたが、やっぱり「母の命が続く限りは輸血をお願いします」と医者に答えていました 尽くしても仕方がないと言われても、やっぱり「延命しないで下さい」とは言えませんでした
何故なら、母が亡くなった後にきっと私は「母の命を止めたのは私だ」と思ってしまう「人の命の選択の期限を、例え親子の関係であっても、私は勝手に決められないです」と医者に言いました
5月5日 母は83歳で亡くなりました 長い闘病生活ではなかったことだけが幸いでした
亡くなる4日前から病院に泊まり込んで付き添っていた時間 熱と脳梗塞の影響もあって、母と直接会話はできなかったけれど、私の声は聞こえていたので、手を握り返すことで答えてくれました返事の合図は手を握り返してもらうことでした ベッドの横で母と過ごした時間、この時間は私にとって貴重で濃密な時間となりました
もし仮にお母様がメモ書きでも「延命はしない」と書いていたとしたら?
母が「私は、延命はしない」と書いていたとしても、それを見た子供は「どう思うか」だと思います 例えそう書かれてあったとしても、「母の命を助けてください」とやっぱり言ってしまうと思います どんな姿になっても、やっても仕方がないと言われても、母には生きてほしいと思うからです
私は母から深い愛情をもらいました 何不自由なく育ててもらったのです そのことに気づくのが随分遅くなってしまいました
自分を可愛がって育ててもらった親に対して、母の存在をギリギリまで感じたいと思うのは当たり前だと思うのです これは私から母に対する最後の愛情表現だと思いました
愛情を受けて育ったと思われる子供は、簡単に「延命しませんとは言えない」と思います 親に対して素直に「生きていてほしい」と願う気持ちがあるからです
医者から命の選択を迫られている時に、私は国の方針で「75歳以上の延命はしない方向である」と報道されていることを知りました 私はとっさに医者に対して「だから延命はしないのですか?」と聞きました
医者は一瞬無言になりましたが、「そうだとしても、私は私なりに全力を尽くします」と言って下さいました 涙があふれて止まらなかったです
亡くなる当日の朝に看護師さんが「朝からお母さんは調子が良いですから、一回家に帰られますか?」と声をかけて下さいました 私は「夕方病院に戻ってきます」と伝えて、自宅に帰りました 夕方には病院に戻ろうと思っていましたが、うたた寝を何度も繰り返してしまいました
そして夜12時前に病院から電話 病院に駆けつけた時には、すでに意識のない状態になっていて、私はただ「お母さーん、お母さーん」って叫んでいました こんな状態でも、看護婦さんから「患者さんは耳だけは聞こえていますよ、諦めずにお母さんに声をかけてあげて下さい」と言われました
何回も「お母さん、お母さん、来たよ来たからね・・・」って叫び続けていた時には、母が手を握り返すことはありませんでしたけど、母の唇がほんのわずかに動いたように感じました
最後の最後に私の声が母に聞こえていたのか?これが最後の母の生命力だったのだと・・・「お母さん あっぱれ!」母は最期まで一生懸命頑張って生きたのだと思いました
「おいらく取材ノート 体験者にきく2-4嫌いだった母」へ続く
老後を前向きに生きるためのヒントは、皆さんの生きてきたそれぞれの人生経験の中にあると思っています 人生経験豊富な年代の方ばかりではなく、若い世代の方でも同様です それは若い方なりの人生設計やプランが存在するからです
この取材ノートは、年齢問わず将来の自身の「おいらく(老いを楽しむ)」について語って頂いた内容をこのコーナでご紹介していきます 世代によって様々な考えや意見、そしてそれぞれの人生設計について聞くことができたら幸いです 読者の皆様、取材に協力して頂き有り難うございました
尚、取材した内容は、本人の了解を得た上で掲載しています

