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「嫌いだった母 」取材ノート体験者にきく2-1

60歳 女性 ゆきんこさん

今回の取材ノートはお母様の「認知症」「介護」「最期」「片付け」に関する様々な貴重な経験やお話を聞くことができました

お話の内容が多岐にわたるため「2-1」「2-2」「2-3」「2-4」「2-5(最終話)」の全5回に分けてご紹介します


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お母様との関係をお聞かせ下さい

「空白の13年間」

私は30代 息子が4歳の時に離婚しました ずっと働きっぱなしで子育てをする時間はなかったです その代わりに両親が親代わりになって息子を大事に育てくれましたし、飛行機に乗せてどこでも連れて行ってくれました

でも、それからしばらくして、私と母の仲が悪くなっていきました 今思えば、些細なことがきっかけだったと思います そして気がつけば13年、母と音信不通になったまま時だけが過ぎていきました


ある時「父が余命3ヶ月」だと突然弟から連絡がありました。「意地をはらずに病院へ行った方が良い」と言われて、私は入院している父に会いに行く事になりました しかし、私は心の中で「母を拒絶したまま」でした 当然できるだけ母に会うことがないように、母が来ていない時間帯を狙って行ってみましたが母は病院にいて、13年ぶりに父の入院先の病室で母と再会しました


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13年ぶりにお母様と会ってどんなお気持ちでしたか?

その時、私は40代になっていました 私は母に対して壁を作ったままでしたから、まともに母の目を見ることもできなかった ところが・・・13年間音信不通だったはずなのに、母はまるで昨日会っていたかのように私に話してきたのです 些細なことで意地を張っていた自分は一体何だったのか?調子が狂ったというか・・・びっくりしました


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それが親なんですよねー

病院で「あー、ありがとうね来てくれて」って言って「ご飯食べてきた?」って言う感じで、何気ない会話を13年間も音信不通だった娘に対して笑顔で返してきたのです 私は「何で昨日会っていたみたいに話しをしてくるの?」その時初めて「お母さんってすごい」「偉大だ」って母に対して感じました


音信不通だった13年の間に、私は交通事故に遭い、仕事を1ヶ月休んだことがありました 私は母に事故に遭ったことを伝えていませんでした その時に息子から「私が事故に遭った」と聞いた母は、「事故にあったのに何で連絡してくれなかったの?」「何で私を頼ってこなかったの?」と伝えたかったと後で聞きました

母の友達からも音信不通だった時に「あなたの事をお母さんはいつも気にしていたんだよ」と聞かされて、「なんで私はつまらない意地を張り続けてきたのだろう?」「母になんて事をしたんだ」と後悔しました 母は私に遠慮して連絡をしてこなかっただけで、13年間想いは何も変わっていなかったのです


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お父様が亡くなってからのお母様はお元気でしたか?

母と再会後に父が亡くなり3年が経過 母が75歳の時に膝の手術をして、人工骨を入れましたが、ずっと一人暮らしを続けていました 当時の母は、料理は最低限できていていましたし、部屋の片付けもできていたと思います

当時の母は要介護2 週2日一回70分のヘルパーを入れながら、掃除、買い物、ちょっとした片付けをしてもらっていました 普段の会話の中で同じことを何回も話すことがあって、認知症かも?と薄々は気づいていましたが、医者に診てもらうことはありませんでした


「ヘルパーさんをもっと来てもらう回数を増やそうか?」私は母に尋ねてみましたが、母はこれまで通り「一人暮らしを続ける 大丈夫」「今のままでいいよ」と言って一人暮らしを続けていました


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お母様の異変についてお聞かせ下さい

「痴呆症の発症」

今思い出すと、母が倒れる前に異変は確実に起きていました 日常生活の中で同じ話を繰り返し「これさっきも聞いたよ」と返すことが多くなりました 一緒に母と食事に行くと、支払いの時にお札しか出さなくなり、スーパーでも小銭を沢山出してレジの人にここから取ってと言うようになっていました
だんだんおかしいと思うようになり、病院へ連れて行こうかと感じ始めていました それから、え?本当?と思えることが増えていった様に感じます


郵便局に行くと、「自分の口座からお金が少なくなっている」と郵便局の窓口の人に言いに行く 自分の通帳の詳細を見る事ができなくなっていて、説明しても三日経つと忘れてしまう 通帳を見てお金がないと思うと「窓口の人にあなたが盗った」と言う


母の混乱を避ける意味で、郵便局のお金を解約して銀行の通帳のみに一本化してあげましたが、今度は銀行の暗証番号を再発行する度忘れてしまうので、だんだん「ねえ、お金下ろしてきて」と私に連絡するようになっていきました 母はもう自分でお金をおろすことができなくなっていたのです


おいらく取材ノート 体験者にきく2-2嫌いだった母」へ続く


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★おいらく取材ノート「体験者にきく」について

老後を前向きに生きるためのヒントは、皆さんの生きてきたそれぞれの人生経験の中にあると思っています 人生経験豊富な年代の方ばかりではなく、若い世代の方でも同様です それは若い方なりの人生設計やプランが存在するからです

この取材ノートは、年齢問わず将来の自身の「おいらく(老いを楽しむ)」について語って頂いた内容をこのコーナでご紹介していきます 世代によって様々な考えや意見、そしてそれぞれの人生設計について聞くことができたら幸いです 読者の皆様、取材に協力して頂き有り難うございました

尚、取材した内容は、本人の了解を得た上で掲載しています