「子供達の世話にならない」
高齢者予備軍とでも言いましょうか60代の方々とお話しする機会があると、良く耳にする言葉があります
「私は子供達の世話にならない」「施設に入れてもらって結構」「うちは分ける程の財産なんてない」「家族葬で十分」だいたいこう言ったセリフを聞く事が多いです
昔の60代は(子供の目線だったからなのか?)とても老けていた印象がありましたが、今の60代はとても元気に見えます まさに50代の延長にしか過ぎないと言える程(いや50代より元気かも)活発な方々が目立ちます
特に女性は、「おいらく」の見本になるような方々が多く、老いを楽しむ上でも人生の先輩から学ぶべき内容が多いです 女性はたくましいですね 若い時に苦労しても、それをバネにたくましく生きていく
好きなことをやって、会いたい人とおしゃべりして、適当に発散して毎日をうまいこと過ごせているのも、圧倒的に女性の方が多いと感じるこの頃です 男性から言わせると「女性は図々しい」から長生きするのだそうです(笑)
これは78歳の叔母から良く聞くセリフですが、高齢者としての自覚は75歳くらいからだそうで、それまでは「シニアではあるが高齢者ではない」と思っている人がほとんどだそうです つまり70半ばくらいまでは「自分達は老人ではない」と思っている人が殆どで、70代後半になってやっと人前で「私は高齢者だから」と堂々と言うようになっていくと言っていました
2065年には人口は約55万人まで減少、反対に60年には、総人口の2割が80歳以上となり、女性の4人に一人は95歳まで生きる時代に突入します 人口は減少し続けるのに老人の人口は急増2040年には人口の3割が高齢者になるのです そうなると深刻化する様々な問題が出てくると予想されます 例えば・・・
- 病院・介護施設の不足
- 火葬場・霊園もパンク状態
- 大量の介護離職・老人ホームには行列
- 年金崩壊(2040年には5人が高齢者一人を支える時代)
そしていつの日か、74歳以下の人達を「若者」として労働参加を促す取り組みが必要となる時代がやってくるのではないかと言われているのです 70過ぎても働いている?年金だけでは到底暮らせない( ; ; )
ふ〜ん「仕方ないよね」とは言ってられない(人ごとではないのです)高齢化社会は現実となって、私達の生活にどんどんのしかかってきています 自分達が老人になった頃には、果たして楽しく老いることができるのでしょうか?社会情勢がどんどん深刻化していく世の中で、誰しもが平等に老いていく
「家族や子供に迷惑をかけたくないから施設に入れてもらって結構」と言っている人も、自分達の年金だけで入所できる施設が沢山あると思っているのでしょうか?困った時にすんなり施設に入れるなんて「考えが甘い」という時代になってきているのです
私は、88歳の母の介護を通して日々実感しています(現実は甘くないです)家族や子供達に迷惑をかけずに高齢者として生きることは余程の貯蓄がない限り「無理」だと断言できます 経済的にも必ず負担は発生しますし、精神的、肉体的にも家族に負担がのしかかってきます ましてや、遠い実家で親だけで暮らしている場合、なおさら問題は大きいです
年金だけでは足りない場合は、家族や子供達がそれぞれ平等に出し合って対処できている家庭は問題ありませんが、一人の子供だけに負担がかかり、他の兄弟は協力しないとか・・・経済的な理由で親に援助できない場合もあるでしょう
- 子供が近くに住んでいながら、親の様子を見に帰ってこない(これ結構多いです)
- とりあえずショートステイに預けたけれど・・・
- 施設に申し込んでいるが、もう3年も待っている
- 介護保険で在宅での様々なサービスを受けられる反面、夜は一人で過ごしている高齢者ばかりなどなど
実際に母も深夜、横転して「圧迫骨折」を経験していますので、深夜の高齢者の抱えるリスクは非常に大きいと言えます 親を介護する上で家族にも様々な負担がのしかかってくることは避けられないです だからこそ、少しでも親が元気なうちに家族で将来のことを話し合っておく必要があります
これまでも「生前生理」の必要性は何回も書いてきましたが、生前整理は実家の片付けだけではありません
親が子供に望んでいること 子供が親に望んでいること 両者には必ず温度差が生じますそのズレを、親が話し合える元気なうちに家族内で調整しておくことを強くお勧めします
生きているからこそ「どうしたら良い?」と聞けるのです 感情があるからこそ、「どうして欲しいのか?」聞くことができます 元気だからまだ話す必要がないのではなく、元気なうちに大事な話は聞いておくべきだと思いました

