「看護・介護する側される側」
看護・介護が原因となった悲しい事件が、また起こってしまいました このコロナ騒動が原因で、特別養護老人ホームに入居していた母親に付き添うことができなくなった息子が、母親を退所させた後に心中をはかり、2人とも亡くなってしまったということです ニュースによると、この息子さんは普段から母親の面倒をよくみていたそうですが、「もう死にたいといった母親の言葉に糸が切れた」との遺書を残して心中したとのことでした
看護・介護はきれいごとではありません 終わりの見えない苦労、心労が今日、明日と続いていきます こうしたニュースが流れると、「制度が悪いから変えるべきだ」というコメントもありますが、当事者にとって先の話でなく、今近くにある支援や身近に相談できる人の存在が必要だと思っています
一方で看護・介護を行う側でも苦労、心労は絶えません 特にコロナ騒動の中においては、感染するリスク、感染させてしまうリスクを意識しないではいられないです これは施設内だけの話ではなく、ホームヘルパーさんでも同じことです
看護・介護の現場で働く方々は、「その人の社会からの孤立と孤独を解消するため」という使命感をもって仕事されている方が少なくないと思います 老後を安心して過ごすためのお手伝いをしてくださる看護師・介護士の方々には感謝を示すだけでなく、お願いする私たちにもできることを一緒に考えなければと思いました
【病院はホテルではない】でお話しましたが、看護・介護をサービスとして見てしまうと、大切なことを見落としてしまいがちです 看護・介護に関わっていらっしゃる方々は、単に使命感で動く奉仕者ではないのです 受ける側はお金を払っているのだから、してもらって当たり前という考えを持っている人が多くいるのも事実です 確かにお金はないよりあった方が良いですが、「多く払ったから良いサービスが受けられる」と考えるのは大きな間違いだと断言します
私は母の入院先の病院で、過去に介護士だった方のお話を聞く事ができました 長い入院生活が続くと、見舞いに訪れた方と談話室などでお話しする機会がたまにあったからです
その方は最近介護士を退職されたばかりでした 「このまま仕事を続けていたら私の方が倒れていた」と辛い経験を語っていたことを覚えています 日々「しもの世話」「排泄物の処理」に追われる毎日 そして食事の世話時には、口から食べ物を顔に吐かれたりは当たり前だったと言ってました
毎日何十人も世話をする中で、自分自身を見失い考える余裕がなくなっていく 鏡で自分の顔を見た時に、患者さんより自分の方が年寄りに見えてきて疲れ果てていた・・・と話されていました
想像しただけで私は「無理」「できない」と感じましたし、現場で一生懸命働いている看護、介護する側の方々に対して心から感謝の言葉しか出てこない 看護・介護する側も生身の人間なんだと、つくづく考えさせられる内容でした 大切な家族のために何ができるか? 自分の将来のこと、親のこと・・・あらためて考えてしまいました
65歳以上の高齢者人口が3935万人とピークを迎えるのは2042年 高齢化率が30%を超えるのは団塊の世代が75歳以上になる2025年だそうです
残された人生をどう生きるか・・・家族がいる方も、おひとりさまも、自分の将来のシナリオをどう描き生きていくべきか・・真剣に考えなければならない時期にきていると感じました
日々看護・介護する側される側、両方の貴重な声を「おいらく」を通して聞くことで、皆さんと一緒に答えを見出していきたい「自分を楽にしてあげるヒント」が「おいらく」で見つかることを願っています
少なくとも私は「自殺」「孤独死」「心中」だけは人生の選択肢から外したいです 心からそう願うfandeenaでした

